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2011/08/14

終戦記念日を前に…辻政信 旧日本陸軍参謀

明日は終戦記念日ですね。防衛の任に過去就いていた関係もあって、軍事関係の話題には敏感になります。
丁度この期に「ある辣腕参謀の罪と罰  作戦参謀  辻政信」(生出寿著)を読みましたが、その罪過の大きさに改めて唖然とさせられました。
辻政信という旧日本陸軍参謀を御存知でしょうか?
名参謀…、作戦の神様等の好意的評価の反面、
「ノモンハン事変の主犯、同作戦失敗責任回避並びに現地指揮官へのお仕着せ自決強要、ノモンハン事変失敗責任による軽めの左遷先での士官学校中隊長では、教え子をスパイに使い皇道派将校らを罪人に仕立て、後にはシンガポールの華僑虐殺→最後の戦犯で昭和26年にマヌス島で処刑されたの西村近衛師団長戦犯冤罪の根元、バターンの捕虜とフィリピン要人の虐殺指導、ポートモレスビー作戦の越権命令発動と失敗、ガダルカナル島での出鱈目作戦指導と、早々の現地からの退避、ビルマではミートキーナでの水上少将個人死守命令発動…云々、これ又越権命達事件等々」
挙げたらきりの無い罪過の数々。各主要戦域で多くの死傷者を出し、日本をどん底に落とし入れた張本人…という驚く程の汚名を担っても終戦時ビルマを尼僧に化けて脱出、連合軍の追求が のほとぼりが冷めた頃に本土に返り咲き、衆議院議員を4 期、参議院議員を1 期務めた奇々怪々な人物でした。1961年議員在職中ラオスに現地視察に出掛けたまま行方不明。行方不明のまま1968年死亡宣告がなされました。
戦争回避はなされなかったとしても
彼が旧日本陸軍参謀として存在しなければ、多くの人材の損失は回避されたかもしれないと思うと感無量の感を拭い切れません。

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